―ミーナ、あの茶色い髪と灰色の瞳の子だよ
男の声
―あんなに小さい子なの?
少女の声
―そうよ…これから宜しくって、ご挨拶に行ってらっしゃい
女の声。
城のホールにまだ幼い、6歳くらいの少年がたたずんでいた。
先程、綺麗な服を着させてもらい、髪も整えてもらっていた。
いろいろな人々が少年の顔を見ては、ほめて、おだてて、去っていく。
少年は、ただただ愛想良く微笑んでいた。
本当は、怖い。笑顔からは涙がこぼれそうになる。
本当は、もっと遊んでいたい。自分には友達も大勢いた。
いつもと違う。自分の兄弟は?家族は?
なんで今日、自分はこんな所にいるのか。場違いではないのか。
なんで今日、自分はこんな服を着ているのか。孫にも衣装だ。
ある人から聞いた。
お前は偉くなるんだ、と。
他の人からも聞いた。
お前は立派になるんだ、と。
そんなことを言って、どうなるというのだ。
自分は、何も知らない。なのにそれを伝えても、何も答えてくれない。
ただ、ただただ、微笑んでいるんだ。ココロを隠して。
「あの…リヴェン、君?」
気品のある自分よりも3,4歳年上の少女が近づいてきた。
彼女も自分を褒めて、去る。きっとその一部の人間だ。
自分はただ、微笑んでいるだけでいい。
「…こんにちは」
「こんにちは。私、ミーナって言うの。…じゃなくて、言います。宜しく…宜しくお願いしますっ」
自己紹介をしたことに驚きを隠せなかった。
今までの人間は、当然自分のことは知っているだろう、という顔つきでこちらをおだてに来ていた。
なんだ、彼女は。
気がつくと、手が差し出されていた。
その手にとまどっていた少年は、彼女の小さな掌をじっと見つめているだけだった。
「?リヴェン君?」
「え…」
「握手っ!こうするんだよ。…じゃなくて、こうするのですよ」
彼女はそっと手を伸ばして、少年の手を握った。
「宜しくお願いします」
といって、偽りの無い微笑みを浮かべた。
自分の中で、何かが動いた音がした……気がする。
「こっち…こちらこそ、よ、宜しく…お願いします」
たどたどしい敬語で、彼女に言葉を返した。
彼女は再び微笑んで
「ねね、けいごって難しいよね?」
と、小声でささやいてきた。
別に否定をする理由もないので頷くと。
さらににっこり微笑んで
「ふふ、ねえ、むこうで遊ぼう?あそこは気持ちいい庭園があって、面白い絵本もあるの」
自分が答えなくても、相手は次々と話しかけてくれた。
手が…とても暖かかった。
庭園、というところにでると、少女は近くの個室から一冊の絵本を運んできた。
「リヴェン君が来たら、一緒に読もうかと思ってたんだけど…どうかな?」
少年は彼女の仕草の一つ一つを見つめながら、暖かさを感じた。
家族、というより、少し違う感情。
「あ、でもいつもはお母さん…じゃなくてお母様とお父様に読んでもらってたんだけれど…」
といって、大人がいないか首をひねっている。
勝手に個室を飛び出したのだから、全員ホールにいるはず。
見つかるはずも無いだろう。
「…王國騎士…物語?」
少年は表紙に書いてあったタイトルを読んでみた。
「あっリヴェン君読めるの?すごいね。この絵本大人向けの本なの。読めない文字がちょっとだけあって、困ってたの。読んでくれるかな?」
といって頁をめくり出す。
いつも暇つぶしに、勉強をしていたことが役に立った。
自分にも出来ることが…やれることがあるんだ、と感じた。
「…えっと、ある日王様は王女様と城下町へ…」
嬉しかった。顔が、熱くなっていた。
一通り読み終わると彼女は感心の声をあげた。
「はぁ〜!やっぱり凄いなあ。お母様とお父様からも聞いてたんだ!リヴェン君お勉強が得意なんだって!」
「……?ミーナ…さんの「おとーさま」と「おかーさま」って、どんな――」
そのとき。
「ミーナ!リヴェン君!」
2人の後ろから、他の誰よりも気品のある男性と女性が近づいてきた。
「あ…この人たちがお母様とお父様だよ。お母様が王妃様。お父様が王様なの」
王…?
このとき、少年の中で嫌な予感の音がした。
「ミーナ!だめだろう。勝手に動いちゃ危ないぞ!リヴェン君までつれて!」
と、男性。
「リヴェン君御免なさいね。おてんばなお姉ちゃんだけど、楽しくできたかしら?」
と、女性。
「おねえ…ちゃん…?」
「そうだよ、リヴェン君。これからリヴェン君は私たちの家族なんだよ。私の弟になるんだよ」
…嫌だ。
せっかく仲良く慣れたのに。
お友達が出来たのに。
それに自分には…お姉ちゃんがいる。
お姉ちゃんは、自分にとってのお姉ちゃんは、あの人だけだ。
「だから―」
「嫌だっ!」
少年は城がどのような作りになっているのか全く知らないが、とにかく走り出した。
「リ、リヴェン君!?」
女性と少女は追いかける足も出ず、唖然としていた。
「…私が行こう。ラスティンとミーナはホールに戻っていなさい」
男性…王はリヴェンの後を追った。
「嫌だ…。せっかく仲良くなったのに…お友達…できないの…?お姉ちゃん…どこ?嫌だよ…帰……りたい」
ある客室のベッドのはしに、少年は腰掛け、座っていた。
本当は屋上、又は城下町に行きたかったが、まだ幼い少年には広い城を走るという体力もなかった。
「はぁっ…ふう。こんな所にいたのかい?リヴェン君」
ドアの音がして、王が部屋に入ってきた。
「…誰が決めたん…決めたんですか。ボクが貴方の…嫌、王族の養子に引き取られるなんて」
沈黙が流れる。
白銀に近いの髪と朱に近い瞳の王は、窓から差し込む夕日に照らされ、かなり威厳のある者に見える。
「決めたのは…私と、妻だ」
なんで、自分なんかを選んだのだろうか。
「…ボクが望んだ訳じゃない。地位も名誉もいらない…だから」
「勝手に決めたのは悪かったと思うよ…君なら出来ると思ったんだ」
「…王位を、継承すること…が?少しだけ勉強が得意なだけで?」
思わず、疑問が自分を否定する言葉に変わっていった。
…違う、こんな事はどうでもいいんだ。
彼女の弟…初めて感じたぬくもりが姉だからという理由になるのは嫌なのだ。
『家族』だから、しょうがないから仲良くしてやるよ。なんて思いたくない。
「本当に…頭が良いんだね。さすが、というかな」
「ボクは…っお姉ちゃんが、いるんだよ…?」
力んでしまって、声が震えた。
上手く、伝えられない。
嫌なんだ。
「…君には確かに王位を継いでもらう」
彼はリヴェンのいる横に腰掛けた。
「でも、私がもっとして欲しいことは…君になら出来ると思ったことは…」
真面目で誠実な瞳が自分を見透かしているようで、目をあわせられない。
「君には、私の家族…妻と娘を守って欲しい」
「…私にはもう、時間がないのだ」
「時間……?」
彼の言っていることが全く解らない。
解ることは…。
「ボクの事、何にも知らないのに。そんなこと言わないで…下さい」
家族を、守る?
あの子を、マモル?
「君には知識がある。…その若さで、人生の経験も。そのおかげで精神力、見通す力、統率力、これも伸びやすいだろう」
「私は、君になら任すことが出来るんだ…。やってほしいんだ」
偽りの無い、微笑み。
微笑みの裏に、悲しみにあふれた表情。
…自分の事をよく知ってくれる、理解してくれた……喜び。
「なにより、君の姉。あの子から、君はたくさんのことを教わっただろう」 「お姉ちゃん…から?」
「……君とお姉さんの村はとても小さく、所得率も低い。魔物の群れに襲われやすい…。君の村を救うという約束もしてある」 「…僕は、その代わりの契約…?」
王はちいさく頷いた。
「…はっきりいうんだね…」
「…君は賢いから、すぐに気づいてしまうと思ったからね。隠す方が君のためにならない」
リヴェンはうつむいた。
「……なんで、僕なの。それがわからない。よ」
「……それは、これから知っていけばいいさ。どうかな」
「君になら、この国を救える。絶対に。私はもう時間がない」
「…ぼく、は……」
「リヴェン〜みてみて、これ!」
「ん…?…王國騎士物語…これは?」
気品のある、2人の貴族が話をしている。
「私たちが一番最初に読んだ絵本!これで、仲良く慣れたんだよねえ」
と嬉しそうに、微笑んだ。
「……ああ」
偽りのない微笑み。
偽りはない。彼女とずっと微笑んでいたい。
彼女…姉上と、母上と、この国の全ての人々と。
国を治めて、平和を永遠に続けたい。
本当の気持ちは隠して。
隠さなければ、この位置にはいられない。
誰にだってある。父上が教えてくれたんだ。
ココロの中にしまってある。
偽りの思い。そして、願いを。
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なんだか古い小説のせいで、何が言いたいのかわからない文章に…!!
珍しくリヴェンがまともです。
ちょっとだけ切ない感じの物語を書いてみたかった…それだけです。
夢幻空にでる人々はみんな辛くて悲しい思い出があります。
いつか全て書くことの出来る日が来ますように…
ものすごい初期につくったSSなので、設定が本編と違う部分があります。