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ヴィントネウル
ラディオス大陸ティルヴィア王国

「…ズ」

小さな、声。
まだ声変わりをしておらず、トーンも少し高い…あいつの声だ。
「ディズ…」
いつもと同じ日々。
なんとなく、寒々しい秋の朝。

「ディズ、朝だってば…」

そしていつもと同じ…。

「…ん、あぁ…エルト?」
そっと目を開ける。
いつもと同じ、朝の風光。
小鳥のさえずり。
下の階から聞こえる元気が良い子供たちの声。
そして、小さく聞こえる、呪文の声。

…え。
……呪文?
「我が火を司る神。炎を巻き上げる深紅の輪舞曲…」
「ちょっ、エルト!?起きた!起きてる起きましたっ!!」
「ファイアーロンドッ」
熱波とともに、ものすごい音がする。
周囲を奏でるように、熱波が押し寄せる。
ファイアーロンド。
その名の通り、「炎の輪舞曲」だ。
「エルト!火はやめろ!孤児院が燃えるっ」
呪文を唱える少年は、しょうがないな…と小声でつぶやき、
「わかったよ…おはよう、ディズ」
と面倒くさそうに言った。
その言葉と同時に、俺の頭上からは大雨が降り注ぐ。
…いつも朝にくらう術、「レイニーソング」…。
まぁ、これは、攻撃呪文とかとはまた違うんだけど…。
おかげで俺は毎朝布団やシーツを干さなければならなくなる。
うーん…。子供のアレじゃないんだし…。
「なぁエルト、もっと普通に起こせないのか?」
「…?…普通だよ。水で顔を洗うと目が覚めるでしょ」
確かにそう…だが何かが違う。
まぁ、いいか。
適当に相づちを打って流した。
「…あぁ、そうだな。もう下に行こうか。」
「うん。ご飯できてるよ」
身体から流れる水を近くにあったタオルで軽く吹き、階段を下りていった。


ここは、アイル村のクラフト孤児院。
孤児院って行っても、いる人数はきわめて少ない。
俺と、エルト。そして、まだ10歳にも満たない子供が4〜5人。
先生…いわゆる「お母さん」は2人だ。
そのうち、一人はもうかなりの年だ。
もう一人ももうすぐ40になる。…らしい。
つまり、俺みたいな17歳が一番働ける年。
俺は村の警備員の仕事につきながら、孤児院経営を手伝っている。
…経営の金は、「エルウィンさま」とか言う神を崇拝する宗教の「セインシグレ神殿」から もらっている。

「ディーズーっ!」
「なぁなぁディズ!!知ってる?」
孤児院の子供たちが話しかけてきた。
「おう、おはようお前ら。で、何を?」
「今日、ティルヴィア王国の皇子様が来るんだって!!」

え。

「皇子って、ティルヴィア家の?リヴェン皇子?」
「そうだよっ!リヴェン様だよ!港町まで来るんだって〜!どんな人かなぁ〜」
「あいつか…。あんまり期待しない方が良いと思うぜ」
「え?なんで〜?皇子様だよ!」
「う、んー…まぁ…一応は、な」

そんな話をしていると、もう時間だ。
軽く腹ごしらえをした後、すぐに支度に取りかかった。
とりあえず、濡れている服を着替えて、いつもの動きやすい服にする。
何もない毎日に、たまにこういうイベントがあったって、特に興味をひかなかった。
さっさ警備員詰め所に行って、警備の仕事を終わらせたい。
…リヴェン皇子、…といえば思い出がある。
2,3年前に合ったことがある。
あのときは、すごく自信過剰なヤツだったっけ。

あまり思い出したくねぇな。

「あら、エルト、それにディズ。おはよう御座います」
「おはよう。…先生」
「あぁ、おはよ」
さっき言った2人シスター。俺たちの「お母さん」だ。
年を取っているほうの先生には、もう10年くらい世話になっている…らしい。
で、こっちのどちらかというと若い方の先生には一人、子供がいる。

「ディズ、知っていますか?今日…」
まったく、同じ話題が飛び交うな…。
噂も早いって、流石田舎と言うべきか。
「知ってるよ、リヴェンが…じゃなくて、リヴェン皇子が来るんだろ?」
先生はまるで初めて聞いたかのように、目を丸くした。
2人顔を見合わせて、くすくす笑った。
俺とエルトが怪訝そうな顔で2人の様子をうかがうと、
「そうなんですか、初めて知りました」
「それよりも、ディズ。あなた宛にもお手紙が届いていましたよ」
そういって、手紙をわたされた。
「ん…?セ、…セイン、セインシ、グレ…神殿?」
俺は学校に行ってないから文字を読むのが苦手だ。
「?…ディズ、誰から…」
「差し出し人は……。!」
俺は思わず頬がゆるんでしまった。
…3年ぶりだ。
俺は慌てて手紙を開封した。
ったく…いつも直前だな、報告とかお知らせとか。
「ディズ、誰からなの?」
エルトの言葉は耳に入らなかった。
俺はそれを読み終わると、先生を見返した。
「ふふっ、わかってますよ。村の警備員詰め所には言っておきます」
「ディズ、エルトと一緒に港へ行ってらっしゃい」
あいつ、ちゃんとやってるのかな?
あいつ、まだあの石、もってんのかな?
「ありがとう、先生っ!」
「ディズ…誰か…」
「いくぜ、エルト!」
「ディ…」
言葉を聞かずして、俺はエルトの裾を引っ張り、走り出していた。






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