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『 ディズ・ヴァイス、エルト・ギルティスへ

 ---お元気ですか?

 最近手紙を送れなくてごめんね、ちょっと前まで
 神官の採用試験があったりして、忙しかったんだ。
 今までは普通の神殿で働く「事務」とか雑用係だったけど、
 やっと神官になれました。
 
 私は夢に近づいたけど、ディズはどう?エルトは?
 まだ村の警備員とか、孤児院のお手伝いをやってるのかな。
 エルトや子供たちもいい子にしてる?
 ディズったら、手紙書くのが苦手だからって、いつも内容少ないんだもん。
 そっちの様子、お母さん達からしか聞けないでしょ!まったく!

 それから、もうすぐ…ううん、この手紙が届く頃かな?
 9月20日にアイル村へ向かいます。
 お母さんには伝えたけど、聞いてたかな?
 ディズ達にはまだ知らせてなかったよね。
 でもね、ただの里帰りじゃなくて、「神官」の仕事なの。
 ティルヴィア王国、リヴェン・K・ティルヴィア皇子のお供をして、
 国中を視察するんだよ。
 神殿から一番近い港町のミックルで一泊した後、アイル村へ向かいます。
 クラフト孤児院にも顔出せるかも。

 みんな元気?
 会えるのが楽しみです。
 そっちに行ったときは宜しくね。

 ---------------セインシグレ神殿:セレナ・クラフトより 』
  

「へぇ、セレナからだったんだ。神官になれたんだ」
エルトがぽつりとつぶやいた。
「あぁ…そうみたいだな」
と、空返事。
「ディズ、手紙はちゃんと書かなきゃ駄目だよ」
「…あぁ、解ってるよ」
セレナがクラフト孤児院を抜けてから、もう3年も経っている。
といっても、セレナは孤児ではなくて、孤児院の若い方の先生の子供なんだけど。

「…ディズ、にやけてる」
「…あぁ…?はっ…はぁ!?に、にやけてるもんかっ!」
ふっ、と現実に引き戻された。
俺は必死に首を振ったが、自分でも頬がゆるんでいることに気がついてはいた。
そりゃ、嬉しいことには変わりはない。
変わりはない、だけど…。
「そうだよね。嬉しいよね、セレナと久しぶりに会えるんだもん」
「っ!ばっ、ばかっ!そんなんじゃ…」
「嬉しくないの?」
う、ん…?
エルトはまだ子供だからこういう事を楽しんで言っている訳ではない。
普通に思ったことをいっているんだ…けど。
どうも、こう、なんというか、調子狂うなあ…。
はぁ…
「…。ため息なんかついちゃって。年寄りじゃないのに」
これだ。
エルトは厳しいツッコミと激しいボケが連呼される。
調子狂う原因は、お前だっての。

…俺たちは今、港町のミックルへ向かっている。
ミックルは俺たちの住むアイル村から少し北西に行ったところにある。
アイル村から一番近く、商人と神殿で働く者が集まる活気のある町だ。
俺もここによく食料の買い溜めに来る。
ふと、エルトが足を止めた。
「でもさ、ディズ。セレナは20日…今日はミックルに泊まるんでしょ」
「ん?あぁ、この手紙だとな」
「じゃあ、今日ミックルに行っても意味がないんじゃないの。僕らはここに泊まるようなお金はないんだし」
もっともな意見だ。
「確かに、セインシグレ神殿で決めた予定は絶対に狂うことはないぜ」
…彼が、あいつがいない限りは。
「じゃあ、意味がないじゃん。もう引き返そう」
エルトがミックルからアイル村の方へ進行方向を変えようとしたが、俺は
「意味はあるはずだぜ。とんだトラブルメーカーがいるからな」
と言って、戻ろうとするエルトを引き留めた。
エルトは不思議な顔を…した訳ではないが、不思議そうに俺の言葉の意味を考えている。
表情は、相変わらず変わらないため、よく解らない。
「セレナの事?」
「さあな」
しぶしぶ、といった感じだが、エルトは俺と共にミックルへ再び向かう。
あれはいつの話だったか。

昔も王国の者と神官が国中を視察する行事があった。
そのときは、現女王のラスティン女王、そして娘のミーナ姫、息子のリヴェン皇子の3人だった。
あのときは…本当に、本当に大変だった。


それから数十分歩いた。
すると港の象徴とも言える、白い灯台が見えてくる。
「エルト、もうすぐミックルに着くぞ」
「ねぇ、さっきの意味って…」
「まだそのこと考えてんのか。行けば解るから。な?」
そういって俺たちは足を進めた。



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