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「やっぱり、2年ちょっとじゃあ村もかわんないか」
「そうだな」
アイル村を出て、少し歩くと森がある。
巨木の下あたりが少し丘になっていて、木々の切れ目からアイル村が見える。
夕日が沈みかけていて、セレナの桃色の服がオレンジ色に見えた。
ここは、俺とディズ、エルトが昔から遊んでいた場所だ。
そして、俺とエルトが見つかった場所。記憶の始まりの場所。
森の奥の崖を下れば海がある。
「ディズ、これ」
セレナが近寄ってきて髪飾りを見せた。
「それって…」
「えへへ。2年前のわたしの誕生日にディズがくれた”蒼瀧石”だよ。髪飾りにしてたんだけど、気づかなかったでしょ?」
気づかなかった。
確かに、片手に余る大きさの澄み切った蒼い石は俺がセレナにあげたものだ。
「見ない間に、ずいぶん髪がのびたな」
と言うと、彼女は頬を赤らめた。
「髪飾り、つけたかったから」
彼女は、微笑んで木の根に座った。


「…あのね、ディズ。さっきはゴメンね?大声出しちゃって…」
クラフト孤児院の駄目、というセリフか。
「いや、別に皇子に聞かれたから話しに行こうと思っただけで」
セレナは膝を抱え込んでいる。
考え事があると、いつもこの姿勢になる。
しばらくして、口を開いた。
「あ、あのね、ディズ。変なこと…聞いて良いかな?」
「え?ああ。何だ?」
言葉を選ぶように目線が空中をおよいでいる。
「えっとね…。ディズ、子供のときのことって、覚えてる?」
顔を上げずに質問するセレナに違和感を感じたが、さほどの問題は無い質問だった。
「?あるぜ、一応だけどな。この森の中で、セレナに見つけられたんだろ?」
「でも、それって、わたしとお母さんから聞いた話でしょう?」
そういえば、そうだ。
小さかった、ということもあるだろうが、俺はこの森で見つかり、孤児院で育てられた。という事実しか知らない。
それも聞いた話だ。
「…セレナ?」
返事がない。
気がつけば、孤児院で育っていたから、まあそんな感じなんだろうとは思っていたが。
そういえば、俺はいつから孤児院にいたんだっけ。
記憶の最初は「先生」の笑顔だ。
そのまえ。その前は何があったんだ?
俺は孤児院に着いたときの事を覚えていない。
記憶を失ったというのはいつの話だっけ?
森に着いてから?森に着くまえか?それとも…。
やっとセレナが口を開いた。
「あのね、ディズ。ディズは昔…」
「……」
「…ん、やっぱり何でもない!早く帰ってお夕飯食べよっか!」
「…なんだよ?昔何があったんだ?」
困ったような顔をしていたが、木の根から立ち上がるのと同時に、笑顔を作っていた。
「何でもないっ!ディズは忘れん坊さんだってことだよ」
「な、何だよそれ!」
「えへへ。ディズったら覚えていないみたいだし、リヴェン殿下にお話してもいいよ!」
「は、はあ?今更話しになんて…」
いつものリズムを互いに取り戻し、俺たちは来た道を戻っていった。


引っかかっているのは何か解っている。
俺は、昔何をしたのか…。


答えは俺の記憶の中にある。
近くにあるが、近すぎて、取れないところにある。
目の前にあるのに、近すぎて、見えないところにある。

そんな歯がゆくて、もどかしい気分だった。










「…ディズ、ゴメンね……」
セレナが前方で何か呟いたが、俺の耳には届かなかった。



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