家に帰り、料理を作る。
今夜はセレナの好きなクリームシチューだ。
食卓にセレナが座ると、子供たちはすぐに集まってきた。
2年ぶりの孤児院に帰ってきたんだ。人気があって、当然だな。
エルトもしっかり隣に座っている。
さて……。いつあの話を切り出すか、だ。
「おし、ほら出来たぞー」
歓喜の声と同時に子供たちはセレナからはなれ、自分の椅子へ腰を下ろした。
先生達も遅れて席につく。
いただきまーす、と元気の良い声がする。慌てて食べる子供たち。
この雰囲気で切り出せないな…。
「ディズ」
「あ、うん?」
急にエルトが声をかけてきた。
じっと、俺を見ている。周囲もその気配に気がついて、だんだんと静かになる。
「…、どうしたんだ、エルト」
エルトはクリームシチューに手を付けていなかった。
いつもは早めに食べて、ゆっくりと読書をするのに。
「…ディズ、何かあるんでしょ」
「何かって……」
「何って?そんなのディズじゃないとわかんないでしょ。でも僕には解るよ。何か言いたいことがあるって」
鼓動が早くなった。子供たちも俺の方を不思議そうに見ている。
もう、言わざるをえない。
俺は無理矢理笑顔を作る。こんなこと笑顔で言うべきじゃないんだろうけど。
「村を、出て行こうと思ってるんだ」
辺りは静まる。
予想はしていたことだ。
俺は、誰かが何で?と聞く前に口を開いた。
「昨日、魔物が襲ってきただろ?俺、あのとき倒れていたらしいけど、どうも攻撃された覚えはないんだ。傷一つついていないし」
誰もが口をむすんで話を聞いている。
こんなに静かな孤児院なんて、久しぶりだ。
「…それで、多分だけど、俺何かを思い出そうとしていたんだと思うんだ。記憶喪失の人って、思い出すときに頭痛が起こることもあるんだろ?」
さりげなく聞いてみると、セレナが頷いた。
「記憶喪失の方は、よく神殿にも来るけど、そんなことを言う人も多かったよ」
「…で、多分、その記憶を思い出すことによって、魔物達は困るんだ。だから、俺は倒れた…って思うんだ」
さらに、静まりかえる。
子供たちは俺の言っていることが理解できていないらしく、小首をかしげる子もいる。
でも、俺が言いたいことは、実は一つだけだ。
「だから、村を、出て行く」
まだ、誰も口を開かない。
俺はしばらくの沈黙にたえたあと、付け足した。
「この村に俺がいると、また襲われるかもしれない。だから、ティルヴィア城まで行こうと思うんだ」
「お、お兄ちゃん!」
静かな雰囲気から最初に口を開いてくれたのは、男の子だった。
「てぃるう゛ぃあって、お城なの?ここから近いの?すぐ、帰ってこれるんだよね?」
雰囲気を感じ取ったらしくて、子供はすっかり不安げになっている。
先生も俺のことをじっと見ている。話が終わるまで、見守ってくれるようだ。
「原因がわかったら帰ってこれるよ。解るまでは危ないから帰れないけど」
「ディズが行くなら、俺も行く!」
「あたしもお!」
まさか、危険だと行っている人についていくなんて、言うとは思わなかった。
子供たちは口々に自分も行くと言い張る。
「みんな。ディズが出て行く理由はわかっていますか?」
遮ったのは、先生だった。
セレナのお母さんの方の先生は、黙っている。
「ディズは、村のみんな、あなた達が危ないから出て行くといったのです。私達がついていっては意味がありませんよ」
エルトも黙って先生の話を聞いている。
「勿論、私はディズが原因とは思っていません。しかし、原因を調べて、解ったらこの村に教えてくれると言うのです。村のためにも、言ってもらった方が良いかもしれません」
「おかーさんは、いいの?ディズ兄ちゃんがいなくなっても良いの?」
子供たちは先生の言っていることを解ろうとしなかった。
「そんなこと無いです。ディズは警備員ですよ?この村を守るために働きに行く。そう考えてみてください。家族の誇りです」
家族…。
「…僕は行くよ」
エルトは急に口を開いた。
「ディズに難しい文章が読めるわけ無いでしょ。僕が読む。…おやすみ」
といって、席を立った。
「な、何いってんだよエルト!」
話がまとまりに向かっていった時に、エルトは話を急に戻した。
「…僕、旅がしたかったんだよ。この孤児院も僕の家だし、家族もいっぱいいる。だけど、僕の本当の家族もあってみたいんだ。ディズはそう思わない?」
エルトも、記憶を失っているんだ。
孤児院というだけあり、訳ありの子供が多い。
戦争孤児や、死別、身体の不自由な子、捨て子…。
俺達は、原因不明の記憶喪失者。
アイル村の森で見つかったことだけは解っている。
俺の時は森の記憶がほとんど無いが、エルトは鮮明に覚えているらしい。
森では何があったのだろうか。
「…俺も、そう、思う」
淡々と、口からでた言葉は、本音。
外はもう闇に包まれていて、肌寒い空気が窓から流れる。
先生がきれいに洗ってくれているカーテンが揺れる。
白いカーテン…。セレナが気に入って買ってきたんだっけ。
思い出はここにある。俺の故郷もここにある。
「…もう、寝なきゃな」
明日は早い。
いろいろ考えると町から出られなくなる。
子供達が起きる前に出発しなければ、決心が揺らいでしまう。
出来れば、エルトも置いていきたい。
原因を口に出来なかったが、多分、俺がいるからこの町が襲われた。
だったらどうする?出て行くしかないじゃないか。
何のために出て行ったと思うんだ。
守るため。そう、守るため。
俺の力なんてたかがしれている。でも、俺にも守るものができたんだ。
俺は、明日アイル村から離れて、俺の大好きなアイル村を守る。
戻ってこれる日は、予想もつかないが。