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時計台の影が長くなり、喫茶店にまで届いた。
「あら、もうこんな時間?」
特に何の話をしていたわけではないが、青かった空は既に夕焼け色になっていた。
お互いに、これからの事、今までのことを話した。
しかし、クリスさんの事でわかったことは、名前だけだった。
「はい、これあたしのコーヒー代。貧乏で奢れないのは許してね」
「あ、いえ、こちらこそ払えなくてすみません」
クリスさんは微笑むと、立ち上がった。
「じゃあね。またどこかで会いましょう♪」
「……クリス、さん」
今までの会話に、全くと言っていいほど関わってこなかったエルトが口を開いた。
「なあに?エル君」
「クリスさんは、なんでここに来たの…」
彼女は、エルトの質問に少しの間をおいて、笑顔をもう一度作った。
「目的があるからよ」
もう一度、目的って…と訪ねようとしたエルトをさえぎって、
「まあ、あたしもいろいろと複雑でね。簡単に言えばお仕事よ」
と言い、喫茶店を出て行ってしまった。
少しの間に、クリスさんの笑顔が固まった気がした。

「ねぇディズ」
今日のエルトは珍しく話しかけてくる。
「クリス…さんは、なんで先に帰ったのかな」
「は?何でって…あ」
そういえば、クリスさんも俺たちも同じ宿を取ってもらったはずだ。
なんで、先に……。
「僕の思い過ごしならいいんだけど…。宿に行ってみよう」
俺たちも勘定をすませ、喫茶店を後にした。


「え?」

宿に着くなり、耳を疑った。
「で、ですから、その…クリス・メディケイト様がチェックインいたしました…」
いや、その事はわかる。
何故なんだ…兵士さん!
「あ、あの、いかがなさいましたか…?」
「い、いえあの…ディズ・ヴァイスか、エルト・ギルティスの名前は…」
「ご、ございませんが…」
何故なんだ、兵士さん!
「…やっぱりね。ディズ。ちゃんと思い出してみてよ」
ちゃんと…? 俺たちはティルヴィアについて、兵士さん達と別れた。
別れ間際に、クリスさんはねだった。
宿代を出してもらうように、ねだった…。
その…その強請りは…。
「兵士さん、『君達も世話になったな』しか、僕らには言ってないよ」
そうだった!!
俺が勝手にありがとう御座います、と言っただけであり、兵士は俺たちの分まで宿代を出すとは言っていなかった!
宿屋の女将さんが心配そうにこちらを覗いてくる。
「ち、ちなみに…一晩いくらですか…?」
「お一人様、せん――」
千、という単位を聞いて耳をふさいだ。
「…ディズ、どうするの」
エルトは相変わらず人ごとのように俺を責める。
「…はぁ…安い値段の宿とか…ありますか?」
俺は女将さんに尋ねたが、女将さんは困った表情をした。
「バカディズ。宿屋さんに他の宿屋を聞くの普通?」
……すみません。
しょうがない…、とりあえず、俺たちは大きな宿屋を後にした。
クリスさん、面倒見てくれるなら、せめて最後まで見て欲しかったです。





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