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カラン、カラン
「いらっしゃいー…っと、これは皇子様!ようこそいらっしゃいました」
俺たちは近くの酒場に入り、適当な席についた。
「ああ…マスター。私のことは別に気にしないでくれ。
 それから、私はフランソウルージュを頼む」
「え、ええ。かしこまりました!」
気にしないでくれって言う方が無理だろ…
と、心の中で思った。
しかし、なんだ。そのフラン…なんとかっていう長い名前は?
「…なあ、セレナ。今皇子、何注文したんだ?」
小声で、訪ねてみた。
「え、えっとね、フランソウルージュっていうお酒だよ」
「…どんな酒なんだ?」
「え、え、えっと…。ふ、フランさんが作った…お酒…かな?」
大丈夫か?皇子の側近だというのに。
そして隣からエルトが説明してくれた。
「フランソウルージュ。主に貴族達が好み飲む職人魂の紅色酒。
 値段もそれなりに高くて、上手い。フランソウっていうのは昔の町の工房の名前。
 人名じゃないよ、セレナ」
「あ、あは、ははは、そ、そうだよ、ねえ」
セレナも俺も、苦笑い。
そんなの、知ってるわけがないぞ、エルト。
リヴェンもマスターもそこまでは知らなかったようで目を丸くしている。
とりあえず、俺らも注文するか。
「えっと、私はオレンジジュースを」
そうだな。セレナは蜜柑が好きだったっけ。
そして、続いて俺もメニューに目を落とした。
「ディズは何にするの?」
と、セレナが話を振ってきた。
そうだなあとつぶやいた後俺はこれに決めた。
「俺は…青汁で」


数秒間感じた、空気の硬直。

リヴェン皇子が顔を引きつらせながら訊いた。
「…おい、貴様。今何を注文した?」
「え?青汁…だけど。なんかまずかったか?」
「貴様、年齢は確か…」
「…多分、17くらいだけど」
何かおかしいのか?
皇子がセレナに小声で質問をしている。
「一般市民の17歳とは、青汁を好むのか?」
「え、さ、さあ…」
失礼にも、俺の耳まで聞こえる小声だった。
困ったようにエルトと俺を見比べて助けを求めている。
何がおかしいんだ。
俺はとりあえず、青汁は健康に良いんだ、とかを適当に話した。
更に顔が引きつる皇子。そしてセレナも。

そして。



「 デ ィ ズ は 、 趣 味 が 年 寄 り く さ い か ら 」


エルトがすぱっと言った。
再び、数秒間の空気の硬直。
「青汁の何が悪いんだよ?身体に良いだろうが」
と言うと、3人そろって首をかしげたり、横に振ったり、顔を見合わせたり。
「…青汁は、ないだろう」
と、皇子。
「でしょ?リヴェンとも意見一致したよ」
と、エルト。
「わ、私も…青汁を酒場で頼むなんてことは、ちょ、ちょっと…」
と、セレナ。

ごほん、とわざとらしい咳払いをして、 「う、うるさい!で、エルトは何を飲むんだ?」と言い放つ。
無理矢理話をそらした。
セレナは苦笑したあと、皇子の注文の品についてちゃんとメモっている。
皇子の側近だから、ちゃんと好きな物とか覚えなきゃな…。
「…ディズ、どしたの。リヴェンとセレナをずっと見てて」
「っべ、別に。何でもねえってっ。それよりエルトは何を飲むんだ?」
不思議そうな顔をした後、エルトはメニューに目を通した。
そして、一つを指さす。
「これ、これ美味しそう」
それをのぞき込んできた、トラブルメーカープリンス。
「何だ?フィールフェリル……て、これは酒ではないかっ!!」
素早く反応。
「リヴェンだってお酒飲んでるじゃない」
「未成年だろう、お前は!!」
始まった…。

彼らとの席からはなれたところに、俺とセレナは移動した。
とりあえずは、落ち着いて話を聞こう。
「ふう、すごいねー。エルト君も」
「ああ、あのリヴェン皇子にたてつくなんてな。捕まんねえのかな?」
のほほんと、俺たちはその様子をうかがった。
セレナは少し暇そうに、カラン、とオレンジジュースの氷をかき回している。
俺は青汁が不評だったから、普通の茶だ。

「今は他の事で忙しいから、大丈夫だと思うよ」
「他の事?」
セレナは少し困った顔をした。
「うん。今ね、ティルヴィア王国で飛び回る大怪盗がいるんだけど、知ってるかな?」
怪盗…?
「嫌、しらねえな。アイル村にはそんなヤツは来なかったぞ」
「え、本当?去年辺りにアイル村方面に逃げたって聞いたんだけど」
去年は、リヴェン皇子が村に来た年だ。
「ふーん…。何て名前なんだ?」
「えっとね…"怪盗マロン"だよ。聞いたことくらい無いかな?」
「怪盗マロン?うーん、聞いたことねえな」
セレナは少し残念そうな顔をした。
「そっか、私と皇子様はそのことについて調べているんだけど」
仕事ってのは、そのことだったのか。
「怪盗…とはまた違うけど、去年は泥棒のクリスってヤツがいたぜ」
「クリス?そうなんだー。怪盗とは違うんだね」
それも、皇子と出会った次期なんだが…。関係あんのかな?

そんなこんなを話していると、そろそろ後ろの二人が、さらに騒がしくなってきた。

「だから、僕はもしかしたら20歳をこえているかもしれないじゃない」
「貴様が記憶喪失だとしてもだ!140p前後の貴様が20歳をこえるわけがないだろう!」
「もう、五月蝿いなあ。身長が低くても、結構年いっている人だっていっぱいいるでしょう」
「それは高齢者の背が縮んでしまわれた方々だっ!!」

そして、皇子ー皇子ーとリヴェンを探す声も外から聞こえる。
なんか、セレナも大変だな。
でも、俺らが皇子と話しているのはおかしいよな。
俺とエルトは一般人な訳だし。
「ふう。あ、セレナ、去年というと皇子がアイル村に来た年だぞ」
「あ、うん。聞いたよ。皇子様はそのときに怪盗マロンの正体を突き止めようとしたの」
「でも、追っかけていたのは泥棒だった」
「じゃあじゃあ、もしかしてその泥棒が怪盗マロンだったのかな?」
泥棒クリスは全くもって、”怪盗”なんて気品を持っていなかった。
俺は冗談交じりにこう言った。
「怪盗ってだけあって、変装してるんじゃないか?例えば…そこの皇子とかに」
セレナは大きく首を振って、小声で言った。
「…リヴェン皇子様の几帳面な性格をあそこまで表現できる人はいないよお……」
几帳面、ね。
確かに良い言い方をするとそうなるな。
長所は短所とはよくいったもんだ。
…いや、そうなるか?几帳面でこの場合当てはまるのか?
「だから、僕はー」「だから貴様はー!」「でもー」「それはー!」
彼らの言い合いはいつまで続くのだろうか。
皇子は仕事に来たんだろうに…。

俺はエルトを落ち着かせて、さっさと村に帰るように促した。
しかし、皇子は
「だから、エルトとはまだ決着がついていないっ!!」
と言って、結局もう少しこの港町のミックルにとどまることになった。
はあ…エルトを置いてくれば良かった…かな。



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